最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1308号 判決 1949年5月18日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人木田茂晴の上告趣意について。
所論の食糧緊急措置令は、昭和二一年二月一七日舊憲法第八條に基いて制定された緊急勅令であって、その後帝国議會の承諾を得て法律と同一の効力を有するに至ったものである。そして、新憲法施行前に適式に制定された法規は、その内容が新憲法の條規に反しない限り、新憲法施行後においてもその効力を有することは、當裁判所の判例として示すところである(昭和二二年(れ)第二七九號同二三年六月二三日大法廷判決)。そこで、「食糧管理法第三條第一項ノ規定又ハ同法第九條ノ規定ニ基ク命令ニ依ル主要食糧ノ政府ニ對スル賣渡ヲ爲サザルコトヲ煽動」した者を處罰する食糧緊急措置令第一一條の規定の内容は、新憲法第二一條の條規に反するかどうかが問題となるのである。
新憲法第二一條は、基本的人權の一つとして言論の自由を保障している。そして、新憲法の保障する基本的人權は、侵すことのできない永久の權利として、現在及び將來の国民に與えられたものであり、また、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果として現在及び將來の国民に對し、侵すことのできない永久の權利として信託されたものであることは、新憲法の規定するところである(憲法一一條九七條)。
されば、新憲法の保障する言論の自由は、舊憲法の下において、日本臣民が「法律の範圍内ニ於テ」有した言論の自由とは異なり、立法によっても妄りに制限されないものであることは言うまでもない。しかしながら国民はまた、新憲法が国民に保障する基本的人權を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うのである(憲法一二條)。それ故、新憲法下における言論の自由といえども、国民の無制約な恣意のまゝに許されるものではなく、常に公共の福祉によって調整されなければならぬのである。所論のように、国民が政府の政策を批判し、その失政を攻撃することは、その方法が公安を害せざる限り、言論その他一切の表現の自由に屬するであらう。しかしながら、現今における貧困なる食糧事情の下に国家が国民全體の主要食糧を確保するために制定した食糧管理法所期の目的の遂行を期するために定められたる同法の規定に基く命令による主要食糧の政府に對する賣渡に關し、これを爲さゞることを煽動するが如きは、所論のように、政府の政策を批判し、その失政を攻撃するに止るものではなく、国民として負擔する法律上の重要な義務の不履行を慫慂し、公共の福祉を害するものである。されば、かゝる所爲は、新憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱し、社會生活において道義的に責むべきものであるから、これを犯罪として處罰する法規は新憲法第二一條の條規に反するものではない。それ故、右の規定が新憲法の施行によって無効に歸したことを主張し、これを適用して被告人を有罪とした原判決を違法とする論旨は理由がない。
よって、旧刑訴法第四四六條に從い主文のとおり判決する。
以上は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)